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  • Yuko h

わたしの寄り道遍歴その1 環境への意識の目覚め


私の環境問題への意識は、10代の終わりに遡ります。 18歳の時、神田のオフィスビルで早朝ビル掃除のバイトをはじめました。 毎日一部屋いっぱいになる大量のゴミを見て驚きショックを受けました。 その後飲食店やコンビニのバイトで、日々の廃棄される食品を見て何とも言えない気分になりました。 普段何気なく生きていたら分からないけれど、私たちが快適な生活をするというのは、見えないところでこういうことが行われているんだ、と考え込んでしまいました。 同じ頃、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」を読んで、私の意識は地球環境というものへ大きく向くことになりました。 19歳の夏、デートに誘われた花火大会に行って、そのデート相手がゴミをその場にぽいっと捨てて帰ろうとしたのに腹を立てて、環境問題について熱く語ってしまったこともあります(デート台無し!)。 相手は「なぜそんなに熱くなるんだ!?」と思ったに違いない。

就職し実家を出て、友人と貧乏シェア生活をしながらお金を貯めて、オーストラリアのタスマニアに留学しました。 そこでは環境保全コースを選択しました。 タスマニアで出会った友人からパーマカルチャーを教えてもらい、その考え方に夢中になりました。




現地で出会ったオーストラリア人と大恋愛の末結婚し、彼を連れて帰国し、東京での結婚生活がはじまりました。 帰国後、普段使っている石けんや洗剤は、生物分解する環境を汚染しないものへと変わっていきました。 市販のボディーソープやシャンプー、リンスといったものはそれ以来使ったことがありません。 その後、東京を離れ、高野山で何かに打たれ、愛媛へ移住することになります。




ビルモリソンの「パーマカルチャー」本の中身

ビルモリソンはタスマニアの人




その2へつづく



#環境問題 #パーマカルチャー

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