コラム6】 西岡常一棟梁から学ぶ自然観

日本最古の木造建築を守ってきた想い

法隆寺最後の宮大工 西岡常一棟梁から学ぶ

西岡常一棟梁は、法隆寺・薬師寺復興を果たした最後の宮大工と言われています。今は亡き西岡棟梁の言葉は、建築のみならず、日本人としての心、文化、そして彼自身の生き方や自然観に多くを学ぶことができます。
今この時代だからこそ、西岡棟梁の言葉はより深く私たちの心に響くのです。


自然には近道はありません。​
早く安くという時代の中で、一度余裕を失くして儲けを追い出したら、時間を持つことも休むこともできません。様々な分野で仕事は細分化され分業になり、私たちは自然とのつながりが分からなくなってしまいました。

常に自然に対して謙虚に学び続け、生涯に渡り「木の心」を体で経験し感じ続けてきた西岡棟梁。
「どんなにしても人間は自然から逃れられませんし、その自然の中では木や草とそんなに変わらないのだから、ちゃんとした仕事をしようと思ったら自然のことを忘れたらあきません」と西岡棟梁は言います。
千年以上も自然に育てられた木を使って、自然の大地の上に建物を建てる。だから自然を無視して仕事はできません。大工にも自然観が必要なんです。自分より大きな自然というものに対してきちんとした考えを持っていなければならない。

「人間の心もまた自然のなかにある」


以下では、西岡棟梁の生き方、そして自然観のエッセンスを抜粋したいと思います(奈良生まれの西岡棟梁の話言葉は関西弁入ってます)。

1.均一の世界、壊れない世界からは文化は生まれない

世の中全体がせちがらくなってきました。人を育てるのも大量生産で、何しろ早くですわ。それとそんなに丁寧にものを造ってもらわんでいい、適当な大量生産の安いものでいいというんですからな。

職人の仕事のよさは一つ一つ違う材料のよさを引き出してものを造ることやけど、そんなもん、いらんというんですからな。日本の文化はそうやて、自然の持つ素材のよさを生かして、自然の中に置いて調和のとれるものを造っていく中で生まれ、育ってきたんですけどな。

今は石油を材料にしてどんなに扱っても壊れん、隣の人と同じもの、画一的なものを作れというんですからな。いつまでも壊れん、どないしてもいいというたら作法も心構えも何もいらなくなりますわな。

茶碗は人が丁寧につくったもんでした。下手に扱えば壊れますわな。二つと同じものがないんやから、気に入ったら大事にしますな。扱いも丁寧になります。物に対しても人に対しても思いやりがそうした中から生まれるもんですわ。文化というのは建物や彫刻、書というものだけやおまへんのや。

均一の世界、壊れない世界、どないしてもいい世界からは文化は生まれませんし、育ちませんわな。職人もいりません。何しろ判断基準が値段だけですからな。

2.飛鳥時代の工人に、わたしたちは未だに追いつけない

みんな新しいことが正しいことだと信じていますが、古いことでもいいものはいいんです。明治以来ですな、経験を信じず学問を偏重するようになったのは。
しかし、私らは1300年前に法隆寺を建てた飛鳥の工人の技術に追いつけないんでっせ。
木の癖を見抜き、それを使うことができ、そのうえ日本の風土をよく理解し、風雨や地震に千年以上も耐える建造物を造っているんですからな。
それが時代が下がるにつれて構造の主体が忘れられ、装飾に走るようになる。一度そうなると新しいものを追いかけて、使い捨ての考えになっていくんですな。

飛鳥や白鳳の工人にできたことが時代が進むにしたがってできんようになるというのは、道具や腕のせいもありますが、それを使う工匠の心構えが違ってきたり、木の癖をつかむことを忘れてしまったりしたからですな。
便利さが追求されるようになると、それを頼りにし本来のものを忘れて行くんですな。

大工が尊敬されなくなったのは、西洋から建築学が入ってきた明治時代からです。木をいじる大工ではない者が設計するようにり、そしてすべてが分業になりましたわな。
​昔の棟梁は、石から材木から一切自分の責任でやったんですな。今じゃ材木は材木や、石は石屋というふうになってしまった。それもたんなる職業で、道具が使えるだけの道具使いになってしまった。何でも計算や形に当てはめて考えるから物事が逆さまになりますのや。
コンクリートや鉄やったら実験して強さや耐用年数が計算できるかもしれませんが、木はそうはいきません。


大工は一本一本違った性質を持つ木を扱います。それぞれの木の癖を読み、それを生かすのが仕事です。建築学などというものが存在しない1300年前に法隆寺や薬師寺を造ってこうして残してくれている。法隆寺を見ていたら、本当に飛鳥の工人の偉大さに頭が下がります。

3.現在の建築基準法、あれはデタラメもはなはだしい

古代の建築物を調べていくと、古代ほど優秀ですな。新しくなるにしたがって、木の生命より寸法というふうになってくる。大工が無理やり集められて、早く終わらして帰りたいと思ってつくったんやろなというのが分かる。今の大工にも似たところがありまっせ。時間を急いで木の使い方も考えずに、寸法だけ合わせればいいって考えてやれば残りませんわな。地震で倒れ、風で倒れてしまう。法隆寺はつくってから1350年目に解体修理しているんですが、日光は350年ぐらいで解体修理せなならんのや。日光は構造よりも「飾り」を選んだんです。
 

​建築基準法、あれはデタラメもはなはだしい。ちゃんとつくれば200年は持つのに、今の木造建築でやったら25年でだめになる。ボルトを使えだとか、何使えだとかいうからいかんのや。深く考えることなくアメリカのまね、イギリスのまねをやっている。飛鳥の工人は、大陸からの技術を鵜呑みにせんと、雨が多く湿気の多い日本の風土に合わせて構造を考えていました。
基準法にはコンクリートの基礎を打ちまわして土台をおいて柱を建てろと書いてある。しかし、こうしたら一番腐るようにでけとるのや。コンクリートの上に木を横に寝かして土台としたらすぐ腐りまっせ。法住寺や薬師寺と同じように、石を置いてその上に柱を立てるというのが大事なんです。明治以降に入ってきた西洋の建築法をただまねてもダメなんや。

 

4.もう少し人間は謙虚にならなくてはならない

科学が進歩したというて、昔の技術を無視したり、忘れてしまってはいけませんで。経験の積み重ねにはそれだけの価値が隠されておりますのや。科学はやもすると、経験や勘を枠の外にはずそうとする傾向がありますが、経験や勘も立派な学問でっせ。数字や文字にできんからというて無視したら大きな損失ですな。

近頃はすべて思考優先の時代です。人の生き方も、学校の教育も、頭で考えることを優先するあまり、肉体を持つ人間としての在り方をおろそかにするような事態が起きているように思えます。​人間もそれぞれの個性、癖があり、木と同じで一人として同じ人はいません。質より量という考え方がいけませんね。手でものを作り上げていく仕事の者にとっては量じゃありません。

法隆寺や薬師寺のようなみごとな建造物を今のような道具なしに、一つずつ違う木の癖を生かして組み上げたんでっせ。

もう少し人間は謙虚になって自然や先人の残したものを見ないけませんわな。あまりにも自分のことだけ、目先のことだけを考えすぎますわ。

​先人はここに千年以上の時間を越えてものを見る習慣を持っていたということを証明して見せてくれているんですからな。

 

​人間というのは知恵があってすぐれた動物やから、何でも自分の思うようにしようとするけどね、そんなの自然がなくなったら人間の世界がなくなるんです。人間賢いと思っているけど一番アホやで。動物は食う量にしても、木や自然とうまくつりあっとる。それが人間はすぐに利益をあげようとする。今の人は自分で生きていると思うていますが、自分が生きているんやなしに天地の間に命をもらっている木や草やほかの動物と同じように生かされているということ、それを深く理解せなあきません。


​出典:西岡常一「木のいのち」、「口伝の重み」、「木に学べ」