コラム4】 木を伐る=環境破壊ではない

日本の造林政策と林業事情

1.木を伐ることは環境破壊ではないの?

​石器時代から18世紀にいたるまで、木は人類にとってほとんど唯一の燃料としてありとあらゆる道具や建造物に使われてきました。地球上の人口が爆発的に増え、目先の利益を追いかけた無計画で短絡的な原生林の伐採は環境や生物の多様性を破壊することにつながりますが、すでにある人工林を生産のために伐りだすという行為そのものが環境破壊につながるわけではありません。だからこそ私たちが暮らしの中で木を使いながらも森林を荒廃させないためには、歴史に学び、より長い時間軸と大きな視点で見ていく必要があります。

日本の山林の約40%はすでに人口林になっています。単純に伐採量が増えたからといって、必ずしも森林の量が減るとは限りません。例えば2012年に行われたドイツの林業調査データでは、実際に伐採量が増加にもかかわらず、林木の成長量がそれを上回り、収穫保続は確保されています。

日本の現状を見てみると、日本の森林には現在膨大な木材ストックがため込まれています。戦後、多くの里山の雑木林や奥地の天然林を伐採し人工林に変えてしまいました。問題は、戦後の急速な政策と安価な輸入材に太刀打ちできなくなり日本の林業が衰退してしまったことにあります。日本にある木材資源をうまく活用できていないのです。
間伐したり、成長した木を伐り出したりと手を入れることができなくなった人工林の山林は循環が滞り荒廃していきます。単純に木を伐る=環境破壊ではなく、今ある人工林にある木材資源をうまく活用することで、現在残っている原生林を守り、人工林と合わせ日本の70%の森林を保っていくことを考えていく必要があります。


多様性のあった日本の「木の文化」は、残念なことに戦後の急ぎすぎた木材増産政策のために一気に失われてしまいました。これからは今ある人口林をどのように循環させていくか、日本の林業を活性化させていくかを考えてかなくてはなりません。

そもそもなぜ日本の林業は衰退してしまったのか。過去の過ちを繰り返さないためにも、私たちは歴史に学ぶ必要があります。

 

1.日本の造林の歴史 前半

「林業技術史 第一巻」によると、1500年前後に吉野や天竜、日田で造林の記録がありますが、このころはまだ一様に確立されたものではなく、民間の造林技術は江戸時代に確立されていきます。

米国歴史学者で森林史をまとめたコンラッド・タットマンによると、日本では徳川家康の諸国統一の過程で近代の森林略奪があったとされています。特に近世以降、森林伐採が全国に広がり、林地の開墾も盛んになりました。この頃、森林の荒廃の一歩手前まできていましたが、17世紀の終わりごろから伐採速度が低下し、日本では極度の森林荒廃を免れることができました。統治者レベルでも村人たちからなるコミュニティーレベルでも、森林の利用と消費に対して、規制が加えられるようになったからです。

 

その後18世紀の半ばあたりから、規制に加え積極的に「資源を育成」していこう、とスギやヒノキの人工造林が積極的に採用されていきました。

​国有林で人工林経営がはじまるのは明治中期ごろからです。
1923年に起こった関東大震災により木材需要が増大し、米国から木材を多く輸入するようになります。その後戦争に入り、外材の輸入が途絶えます。

2.日本の造林の歴史 後半

輸入材に頼ることができなかった戦中、そして戦後しばらくは国内にある木材だけでまかなうため、意図的・政策的に、奥地の天然林をどんどん伐採して針葉樹の人工林に変えていきました。木材が不足し価格が高騰していた時期に、これまで保護されてきた国有の天然林の伐採制度が緩められたのです。

外材の輸入が途絶えたことと国内の木材需要の急増が重なったことで、60年代の日本は木材バブルで、木材であれば何でも飛ぶように売れました。伐採と造林の仕事(林業)が増え、新しい営林署が生まれ、スタッフが増員されました。この時期の急速で乱暴な政策により、世界に誇れる天然林や美林が多く含まれていた国有林までどんどん伐採され人工林に変えられることになりました。

ところが70年代に入ると、木材バブルは見事にはじけます。国内で伐れる資源が枯渇しはじめ、安い外材がどんどん入ってくるようになり、国有林の会計は赤字に転じます。
​80年以降は営利経済による林業の経営が成り立たなくなりました。

3.林業経営は天国から地獄へ

60年ごろまでは木材需要の大部分を国内材でまかなっていましたが、目先の利益を追い求め天然林や目ぼしい人工林が伐りつくされていき、やがて国内でのストックが不足するようになります。そこへ輸入材が入ってくるようになり、バブルで高騰していた木材価格は下落の一途をたどることになります。林業経営はまさに天国から地獄へ落とされることになります。

伝統的な林学には「収穫保続の原則」というものがあります。過剰な伐採を続けてその後の木材収穫量を落とすことにならないように、林木の成長量を越えて伐採してはならない、という考え方です。ところが日本では戦中から70年代まで長期に渡ってこの原則を無視し続けた先進国では唯一の国になってしまいました。

これまで幕府や藩が祖先から受け継いできた貴重な森林をできるだけ破壊しないで木材を収穫しようという想いから長年厳しく管理されてきました。そして明治政府が国有林を創設したのは、原生林を破壊から守るためでした。戦前の日本では人工林で80年前後の伐期をとって、同時に天然更新や択伐の可能性も模索してきました。​ところが、戦後の計画にはこのような意識や想いはまったくない悲しい結果になってしまいました。

4.これからの課題

現在日本の森林には膨大な木材ストックが貯めこまれていいます。
木材資源量を比較するとEU諸国でこれほどの蓄積がある国はどこにもありません。

 

森林蓄積量(第二期調査2004~2008年
日本     60億㎥
ドイツ    37億㎥ 
フランス   30億㎥
スウェーデン 30億㎥

ところが、日本にはストックはたくさんあるのに生産されていない、という現状があります。膨大なストックからどのようにして収穫を増やすかが課題ですが、過去から学び、短絡的で間違ったやり方に走らないようにしなくてはなりません。
筑波大学名誉教授で国際森林資源の専門家である熊崎実氏によると、ストックが余っているからといって、今の時点で人工林を皆伐するのは中途半端でベストな選択ではありません。この先20年は択伐と間伐を繰り返す時期であるとしています。

その上で現在重要なことは、間伐コストを下げること。

今や持続可能な社会に向けて世界中で動き出しています。枯渇資源の使用が厳しく制限され再び木材価格が上昇することは近い将来十分起こりうるのです。

短絡的な視点や目先の利益だけでは、林業は成り立ちません。私たちは過去に学び、謙虚な姿勢を忘れてないようにしなくてはいけません。


​参考文献・出典:熊崎実「木のルネッサンス-林業復権の兆し」